【103】 自分を許せない方へ

昨日は合唱団の本番がありました。そこで「許す」ことについて考えたので、今日はそのテーマで書こうと思います。自分を許せない人に伝えたい記事です。

昨日、ぼくたちは『夕陽紅(シーヤンホン)の会』というコミュニティの集いで、訪問演奏をしました。会場の雰囲気はこんな感じです。

司会のMCも中国語です。自分たちの合唱団が紹介されていても、何をおっしゃっているか全くわかりません。まるで国際音楽祭に来たような感覚になりました。

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ぼくたちの演奏の様子

それで、『見上げてごらん夜の星を』をアカペラで演奏しました。その時、初体験したことがあります。ぼくたちが歌っている途中に、MCの方が歌詞の意味をマイクを使って説明されたことです。こんな感じです。

♪ 見上げてごらん〜
见仰视

♪ 夜の星を〜
明星之夜

演奏している間にMCが入る、という体験は、あまり一般的ではないです。おそらく演奏家達にとって常識的ではない。でも、ぼくは、その現場にいて、ああ、面白いな、と思いました。自分の許容範囲が拡がったように感じた。

もし、自分の中で、「演奏中にMCが入るなんてとんでもない」という価値観が支配していたとしたら、昨日の状況を楽しむことは困難だろうと思います。

コントロール出来ないものを許す

ポイントは「MCが入ってもいいし、MCが入らなくてもいい」、「〜してもいいし、〜しなくてもいい」と思えるかどうか。

「成長してもいいし成長しなくてもいい」「稼いでもいいし稼がなくてもいい」「頑張ってもいいし頑張らなくてもいい」「認められてもいいし認められなくてもいい」「上手くいってもいいし上手くいかなくてもいい」

昨日のMCは「外からの流れ」あるいは「他力」あるいは「采配」と置き換えてみる。思いがけなく、コントロールしていないものが自分のもとにやってきたことに対して、「あ、これは、自分の幅を拡げてくれるメッセージかもしれない」と受け取る。受け入れる、という感覚です。

結果的に、昨日の訪問演奏は、お客さんにすごく喜んでもらえました。ぼくたちの演奏を聴いて、後ろのほうで踊り出す人もいた。バルーン風船を手に持って振り回す人もいました。

誰もが正しい

生活していて自分の心に余裕や遊び心がないと、今、自分が大切にしている価値観の、その真逆の価値観(可能性)を遮断してしまうことがあります。もちろん、今までの自分の考えは尊いです。でも、その真逆にも正当性は存在することが多い。

だから、自分の正当性を力説して、相手を説得するのもいいけど、真逆の可能性を受け入れられると、気持ちは楽になるんじゃないか。

たとえ、自分の正当性を主張して相手に勝ったとしても、結局は徒労感が残ることが多い気がする。自分の心の隅にいつも「相手も正しい」という気持ちを持ってほしい。そして、無理に他者をねじ伏せようとしない。歌いながらMCを聴いて、考えたことはそんなことです。

夕陽紅(シーヤンホン)の会の皆様、貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。

It’s up to you!