忘れることも力と捉える

子どもを保育園に送り迎えしています。

昨日は時間が無かったので自転車で送りました。クラスに行くと、いつもと雰囲気が違いました。4月になり、新しいお友達が入ってきています。当然、新しいお友達はワーワーギャーギャー泣きまくっています。

そして、はれ君も「ヴァヴァ―(パパ)」と涙を流しながら、足元にしがみ付いています。その様子を見ながら「なるほどなあ。やっぱり、人間は本能的に知らない人を見ると不安になるのだろうな」なんて。同時に「はれ君、新しい環境でがんばれよ~」なんて。「こうやって、素直に不安を外に出せる子どもはすごいなあ」なんて。

そんなことを考えながら、鼻歌を歌いながら歩いて帰っていて、アパートの手前でふと「あ、今日、自転車だったわ」と気が付きました。

驚きました。

こんなにすっかり忘れることがあるんだな、と。ちょっと笑いがこみあげてきました。

光と影

ぼくが昨年よく学んでいた心屋では、「光」だけでなく「影」を受け入れよう、と言われています。

かっこいい ⇔ かっこ悪い
真面目 ⇔ エロい
美しい ⇔汚い
優しい ⇔ 厳しい
暖かい ⇔ 冷たい
出来る ⇔ 出来ない
上手い ⇔ 下手

この左だけでなく、右の部分にも「〇」をつける、許可する、受け入れることが出来れば、気持ちが楽になります。どちらでもオッケーになると、自分を責めることが少なくなる。

というわけで、自転車を忘れることも【力】と捉えて、苦笑いしながら保育園に戻った昨日でした。