道なき道をいかに歩くか

キングコングの西野亮廣さんのトークライブを聞きにスタンダードブックストア心斎橋に行ってきました。立見席なので2時間立ったままでいるのはしんどかったですが、刺激をもらいました。新刊『魔法のコンパス』の出版を記念してのイベントで「道なき道の歩き方」について学びました。

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西野さんは「音楽業界は馬鹿」と言います。売れないのではなく、売る努力をサボっている。今は2016年で売り方が変わっている。90年代は部屋にCDラックを置き、CDを埋めていく。CDがインテリアとして機能していた、と話します。今は断捨離。物を持たないのがかっこいい。なのにまだCDを売ろうとする。

「出版不況も嘘っぱち」と言います。本も売り方を変えた方が良い。西野さんは「時代が変わらず売れ続けている作品は?」と考えた時に「あなたやぼくの『作品』は売れない。世間で必要とされていない」と定義します。作品は生活必需品ではないから。人は必要な物しかお金を出さない。

時代が変わらずに売れ続けている作品は「シンガポールに行ったときのマーライオン」「演劇に行ったときのペラペラのパンフレット」「宮島に行ったときの三角のペナント」。つまり、人は作品にはお金を出さないけれど『思い出』にはお金を出す。お土産は思い出を残すために必要。

そう考えた西野さんは、自身の絵本の原画展を一般の方に主催してもらい、奈良や大分などで開催。その原画展の出口で絵本を販売したところ、とっても売れたそう。ようするに、作品を作品のまま販売するのではなく『作品を思い出にしてあげる工夫が大切。その努力を怠っている』と西野さんは言います。

ぼくが昨日、西野亮廣さんのトークを聞いて、全体に共通するテーマは「道なき道をどう歩くか」だと感じました。言い換えると「ハードの中にソフトをあてはめるのではなく、ソフトを作ってから、そこにあてはまるハードを探す」こと。

例えば西野さんは「ぼくたちのほとんどは『最後の男』を目指して頑張っている」と言います。「あいつよりいいものをつくろう」「俺の方が絶対いいだろう」という勝負をしている。アップデートを競い合っている(コミュニティの中で上位を目指そうと、コミュニティ内のルールに従って競争している)。そんなことよりも(きつい言い方ですが)「処女・原体験を奪いに行くこと」と語ります。

「処女・原体験」という言葉は、西野さんの絵本の原画を東南アジアの子ども達に経験させることで、10~15年後に彼らは日本人よりも稼ぐから、そこでお金化する、いう意味です。このエピソードも既にある流通の仕組み(ハード)を使わずに、絵本(ソフト)を最適な方法で届ける、と捉えられます。

「雛壇をやめる」「テレビに出ない」というのも、既にあるルールの中で、そのルールに従ってタレントのクオリティをアップデートするのではなく、自分の「やりたい」から出発して、それに合う『側』を作る。これもソフト⇒ハード思考(道なき道を歩く方法)です。

参加者から『子育て』に関する悩みを相談された時も「学校にハメても居心地が悪いのであれば、その子と一緒にハードを作る」。ホームレス小谷さん(@kotanimakoto)の場合も「芸人には合わないからホームレスという『側』を作った」と話していました。フォーマットにあてはめない。

既にある仕組みの中に上手くハマったらいいけど、無理やりハメても居心地が悪いのであれば、ソフトにハードを合わせること。それが『道なき道の歩き方』だと感じました。違う表現で言い換えるならば、やるべきことではなく、その時やりたいこと・楽しいことをやることが、その一歩になる。楽しい時間をありがとうございました。

魔法のコンパス 道なき道の歩き方