才能が無い、学歴が無い、容姿が悪い、とかグズグズ言ってる暇があったら、動画を一本作ったり、電子書籍を一冊書く時間に充てたらどうだろうか

出版しようと思えば、今の時代、電子書籍という形で自力で作ることが出来る。動画の配信も、スマホで撮影・編集してYouTubeやFacebookで公開することが出来る。「やろう」という気持ちさえあれば、いつからでも、どこからでも一歩を踏み出すことが出来る。

最近、動画作りが楽しくて、昨日は2本完成した。生野区のNPOが運営するコミュニティファームの取材と、今里にある屋台村の紹介動画です。一本目は公開許可の確認をしています。オッケーが出次第、お届けします。

撮影していて感じるのは「アナウンサー」や「レポーター」「キャスト」は選ばれた人ではなく、冒頭に書いた通り『やりたい』という気持ちさえあれば誰でも出来る、ということ。

ぼくが大好きだった小学校6年生の時の担任の先生は、学級委員を投票制ではなく、立候補・ジャンケン制にしていた。『たとえ人気者でなくても学級委員になりたい人はなれる』。そんな清々しい雰囲気がそこにはあった。スマホでの動画撮影にはその爽やかに通じるものがある。

「役者」や「タレント」になりたいという人は、スクールに通う道を歩む人が多い。もちろん「勝てる」人は良い。でも大半の人の受講料は、スクールの運営費用に回収されて終わり。むしろ、今の時代、ブログやYouTubeなどのメディアで発信を継続する方が頭を使うし、技術は高まり、自分の宣伝にもなる。金銭的なコストもほとんどかからない。

昨日、イケダハヤトさんのアシスタントの矢野大地さんのブログを読んだ(約1年半、イケダハヤトのアシスタントをして身についた5つこと)。

そこには「100%に近い純度の生産物を1つ出すより、60%の純度の生産物を10個出す方がいい」 と書かれていた。完璧な仕上がりを目指さず、6割の仕上がりで発信してそれを積み重ねる。

動画の編集でも同じことを感じます。「ナレーター」になりたかったらスマホで撮った動画に、自分で録音をしたものを合わせればいい。学校に通わなくても今日から一人で出来る。6割の出来でも継続すれば、スキルはあがる。そんなことを動画作りを通じて思います。

出版も放送も自宅のパソコンやスマホから出来る。だから、才能が無い、学歴が無い、容姿が悪い、とかグズグズ言ってる暇があったら、「まだ早い」とか気にせず、動画を一本作ったり、電子書籍を一冊書く時間に充てたらどうだろうか。日々の少しずつの積み重ねを、2年、3年と継続していこう!