子ども達が輝く「逆転する感じ」

本来であれば、昨日はボイトレの仕事が朝・夕・晩とありましたが、サロンのオーナーさんと連絡して、台風のため中止にしました。結果的にはれ君と過ごす一日になりました。

昨日、お風呂から出た時に、既にパジャマ姿になったはれ君が「パパ、ズボン」と言って、ぼくのタンスからズボンを出しました。それだけでとりあえず感動しましたが、ちょっと面白かったので「はれちゃん、ズボンはかして」というと、それはもうキャッキャ喜んで、ぼくにズボンをはかせようとしました。

ズボンをはき終わった後、今度はタンスからTシャツを出して、「パパ、ふく」というので、同じように「ふく、きせて」というと、またワハハと喜んで、服を着る手伝いをしてくれました(子どもはなんであんなに『繰り返し』が好きなのでしょう)。

なんであんなに喜んだのか、その後考えました。はれ君にとって、服は大人から着させてもらうもの。それを、今回は自分が他者にやってあげた。その『逆転する感じ』が楽しかったのではないかと。

例えば、ぼくは保育園に子どもを送ってます。8時を過ぎたぐらいに園に行くと、すでに子ども達が遊んでいて、その中に悪ガキが何人かいます。やつらはぼくを見つけると「いたぞーー!」と叫んで、逃げるぼくを追いかけて、お尻を叩いたりカンチョーしたりしてくる。それをもう彼らとかれこれ一年ぐらいやってます。

なぜ、彼らは一年もその『遊び』を楽しんでいるのかというと、先ほど書いた『逆転する感じ』が、そこにあるからじゃないか。つまり、本来は力関係でいうと「強い」「叱ってくる」側の大人を、この遊びのなかでは「このやろう」と追いかける側に立つことができる。相手との関係性が対等になれる。

独立して1年目の時にとある町会の主催で『おんがくげきをつくろう』という企画をしました。それは町会の子ども達とワークショップをして、地域の会館で発表する、というもの。その時も、最初は鬼ごっこをして「対等」な関係性を育もうとしました。その後、言うことを聞かなくなって苦労しましたが。

中学校の部活動の様子をたまに見る事があって、この『逆転する感じ』をもう少し生徒と先生の関係性に取り入れることはできないのだろうか、と思う時があります。生徒はいつも先生の言うことを静かに聞いている。先生は常に指導をしている。それって楽しいかな、と思う。

はれ君のエピソードから中学校の部活動まで話がズレていきましたが、そんなことを考えました。