身近な人の尖った文章に刺激を受ける

昨日、Facebookで『家を捨てる』という記事が流れて来ました。

その記事を書いているのは、2013年に大阪大学で勉強したワークショップデザイナー育成プログラムの同期の方です。全然知らない人が『家を捨てる』と書いていても「ふーん」という感じですが、身近な人だったので驚きました。

何でも、現在、ご夫婦で一軒家を15万円で賃貸しているそうですが「なぜ、この家に住んでいるのか?」と振り返った時に「会社が大阪にあるから」だそう。

「畑も持っていないないのに定住する意味はあるのか」という問いから「今持っている不必要な荷物を捨てて、住む場所にとらわれずに生きる」という選択をされたそうです。国内外のゲストハウスに毎月15万円の予算で住ながら夫婦で生活されます。凄い。

そのエッジの効いたブログを読んで『カッコイイな』と思いました。

自分自身が、ちょっと尖った文章を書いたときは、書き終わってから「ああ、痛いなあ」と思うこともあるのですが、他人の、しかも身近な人の尖った文章というのは凄いし、何だか勇気づけられます。

実際、今、10冊目の電子書籍を製作していて、ブログの記事を電子書籍用にリライトしているのですが、反応の良かった記事というのはどれも『尖った文章』でした。じゃあ、尖った文章っていうのは何かというと、誰かに目配りしていない、というか、抽象的ですが、そんな記事です。

自分も臆せずにそんな記事を書いていきたいな、と刺激を受けました。ありがとうございました!ご夫婦のブログを読んでみてください。

奥さん30日で家を捨てる
ご主人:週休5日からはじめよう