生野区長に山口照美さんが就任されたので、取材に行ってきました

2017.04.03 区長室にて
聴き手:生野区まちづくりセンター 木村・橋爪

橋爪

自己紹介をお願いします!

区長

最初は進学塾で国語の教師をしていました。小学校4年生から中3ぐらいまで。予備校生を教えていた時期もあります。

28歳の時に自営業を始めました。教育にはボランティアで関わりながら、仕事としては広報やマーケティングのセミナーを、商工会議所や自治体の研修などで沢山してきました。

広報の仕事をしていながらも、もともとは塾の人間なので、経済格差に課題意識を持っていました。

つまり、経済的に恵まれている子は教育サービスを受けて進路を拡げることが出来る。機会は平等であるはずなのに、経済格差がそのまま教育格差や将来の格差につながっていく。

橋爪

そこから校長先生になられたのですね?

区長

そうですね。

子育て中も、どこかで教育の現場に戻りたいとは思っていました。一番しんどい子達に出会い、セーフティネットである場は小学校。公立の学校の力で、全ての子に良い教育で未来を開くことができます。

校長先生になるのは千載一遇のチャンスだったんです。

自営業なので、いつもなら来年度のスケジュールはほぼ詰まっている状態なのですが、たまたま下の子を産んだばっかりで、その当時、4ヶ月の息子を抱きながらネットを見ていたら、公募をしている(校長先生の公募を橋下前市長が始めた)のを見つけました。

募集の締切が二日後だったんですけれど、<教育>はテーマとしてずっと自分の中に在って、文章も持っていたので、それをそのまま論文に出したら合格して、ありがたいことに浪速区の敷津小学校というところで、民間校長として三年間勤めさせて頂きました。

橋爪

すごいです!

区長

経済格差と教育格差の解消>はライフワークとして持っています。生きている間に出来るかどうかわかからないぐらい、一生のテーマです。

歴代の色々な方が取り組まれてきたバトンを、私も引き受けて、それを小学校の現場でやれる、というのはありがたいことです。

学校現場で色々な課題と向き合いました。

多忙化、教員の年齢層が変わってきてる問題や、あとは(自分も共働きで小学生がいるので痛感しているのですが)、家庭の力に頼れる部分と、頼れない部分。

学校だけでは手一杯、という課題を持ちました。

橋爪

そこで行政に繋がったんですか?

区長

区長もめぐり合わせですね。

校長を三年務めた後、教育委員会に行ったのですが、例えば『何か一つ施策を作る』ってなった時に、小学校290を超える学校数がある中で、『みんなに良い施策』となると、なかなか行き届かない。

全体を見られる場所、という点では良いですが、もう少し実践に近いところに行きたい。

『ニア・イズ・ベター』という分権型教育行政の中で、私が出来ることがあるんじゃないか、ということで、思い切って区長に応募しました。

木村

区長、これから生野区をよろしくお願いします!区民の皆さんにメッセージをお願いします。

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