自分の周りで生じるあらゆる状況、あらゆる出来事にポジティブな定義付けをする

3階のアパート暮らしから、路地に面する長屋暮らしに変わって約2ヶ月。

この2ヶ月で自分の生活の中に、突如現れた現象・・・。それがポイ捨てです。

朝、起きて、草木に水をやりに外に出ると、玄関の周りなどに、タバコや空き缶・ファミチキの袋などが転がっている。

これを「ポイ捨て禁止!」という思考で収めてしまうことも出来るのですが、どう解釈しようかな・・・と、この数ヶ月は考えながら、ゴミ拾いをしていました。

そして、突如、今日、はっと気づいたので、今回はそれをブログに書きます。題して、ポイ捨てにポジティブな定義づけをしよう、です。

今日、まちを歩きながら、飲み終わった缶を捨てようと、ゴミ箱を探している時に、はっ、と思いました。

ぼくは今、缶を捨てたい、と思っている。手に缶を持っている状態を辞めたい、と思っている。我慢している、と言い換えても良い。

やりたくないことをやめて、好きなことをしよう、という風潮が、ここ数年でだいぶ広まってきているように思いますが、そういう点で捉えると、ポイ捨てをする若者は、自分の〜したいという感情に、とっても正直で素直だな、と。

好きな事を覚悟を持ってする時、どうしても周囲に迷惑がかかる時があります。

つまり、毎朝、誰かのポイ捨てを拾う、という行為は、相手の『やりたい』をサポートする行為とも捉えることが出来ます。比喩です。

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自宅の一部分に出来た『まちのえんがわ』には『ここに来られた方を応援したい』という想いもあり、この2ヶ月で、iphone写真家の方の初・写真集を制作したり、生野区の空き家に住みたい人に情報提供などをしてきました。

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つまり、目の前にポイ捨てが起きていて、それを拾うということは、神様から「だいすけくん、あなたは相手の『やりたい』という勇気・行動を受け入れて、それが前進していくように、引き受けなさい」というメッセージなのかもしれない。

そう考えると、一つ一つのポイ捨てにも意味が出てくる・・・。

というポジティブな解釈を今日、レッドブルを捨てようと思いながら気づいたので、ブログに共有したのでした。

さ、保育園に行こう(笑)