もし、自分に才能があれば、それは必ずどこかのタイミングでメジャーにつながっていくだろう

しなやんドキュメンタリー・栄町かせう編・第一話をYouTubeで公開したぼくは「アウトプットをした後は無性にインプットがしたくなる」という気持ちで、十三にある第七藝術劇場に、その日公開されていたドキュメンタリーを観に行った。

その映画館のロビーで、ふと一枚のチラシが目に入った。立命館大学映像学部の10周年記念で開催されたシンポジウム『地域から次世代映画を考える』だ。京都文化博物館で開催されるその楽しみにしていたイベントに今日は行ってきた。

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今、帰りの京阪電車の中でこの記事を書いている。

京都文化博物館は、ぼくが大学二回生のときに学生指揮者として初めて指揮を振った思い出の場所。そこで13:30から19:30までの6時間、映画についてずっと考える時間を持つことが出来て嬉しかった。

例えば学生の頃にこういうシンポジウムに出たとしても、どこか違う世界の話のように感じていただろう。しかし、去年の7月に初めてドキュメンタリーをスマホで撮影して、Adobeで編集・YouTubeで公開した。そこから10本ほどのドキュメンタリー作品をYouTubeで公開し始めた今、登壇者の語る言葉と今の自分が結びついているような感覚になった。

今回、シンポジウムでは【映画を観る人をどう増やしていくか、や、映画でどう生計を立てるか】などがその中心となっていたと思う。しかし、その点は現時点のぼくは殆ど関係ない。

なぜなら、撮影はハンディカムで出来るし、編集はAdodeで出来るし、配給?というか公開はYouTubeで出来る。十分な環境だ。

それに、ブログで人気を集めたブロガーが商業出版に繋がるように、もし、自分に才能があれば、それは必ずどこかのタイミングでメジャーにつながっていくだろう。

とにかく自己表現が出来る場というのは、ハンディカム・Adobe・YouTubeによって確保されている。だからこそ、あとはどれだけ自分の力を開花させることが出来るか。

ぼくは、今、そう思う(一方で一年後には違う考えを持っているかもしれない。とにかく今はそう思っている)。

だから、もっと自分のクオリティをあげたい、と今日参加して思った。特にシナリオ・脚本について学んでみたい。ドキュメンタリーに物語の要素は必須だからだ。脚本を学んでいる自分を想像するとワクワクする。

そして、これらの創造性に対する好奇心は合唱指揮のスキルアップにも繋がるだろうし、文章を書く力にも繋がるだろうし、プレゼンをする時のスピーチの構成力アップにも繋がるだろう。

だから、『狭い視点(合唱界とか、インディーズ映画界とか)』で『何かを得る』ために、あるいは『何かになる(例えばドキュメンタリー作家とか)』ために(例えば)シナリオを学ぶ、というよりかは、橋爪大輔という人間を更に仕上げていきたい、絞っていきたい、という感覚だ。

とにかく、ワクワクすることをすぐにやっていく。一回きりの人生、一回きりの32歳なのだから。2018年は本気だ。覚悟している。