劇団に勤めていた。正社員。 月給は11万円だったのだけれども

劇団に勤めていた。

京都で大学5回生を過ごしていたぼくは(もうその時の気持ちを忘れてしまったのだけれども)西陣にあるハローワークに行き、求人を見ていた。

そこに飛び込んできた言葉が『劇団員募集』。正社員。

月給は11万円だったのだけれども。

土日が休み』っていうのも面白かった。劇団なのに土日が休み。立ち上げたばかりの合唱団の練習が休日にあったので、日曜が休みなのは重要だった。

受付のおじさんに電話をかけてもらうために受付に行くと「辞めておいたほうがいい」みたいなことを言われた。

阪急四条大宮駅から淡路まで行き、日本橋で地下鉄千日前線に乗り換えて、北巽という駅で降りた。

勝山通りを西に向かって歩きながら「こんなところにロート製薬があるのか」と空を見上げた。

面接はすんなりと決まった。若くて体力があれば誰でも良かったのかもしれない。

ワクワクしながら駅に帰った。ユニクロの看板が見えて「ここで服はお世話になるのかな」と考えた。

23歳、劇団員としての生活が始まった。

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劇団に勤めていた頃の写真

早朝7時。

トラックを運転して、小学校の体育館に行き、真冬に汗をかきながら舞台設営をした。

時々、体育館は3階にあった。エレベーターはない。木箱を肩に担いで走った。

橋爪ー、何を歩いてんのやー、走れー」と先輩から怒鳴られていた。

はしごでステージの上にのぼり、埃まみれになりながらバトンに結ぶためのロープを舞台の下に垂らした。

ドーランを顔に塗り、ライオンや猫に変身して子どもたちの前で演技をした。

舞台は楽しかった。

春や秋は舞台に立ったが、夏や冬はスーツを着て、営業もした。

公演のパンフレットを片手に持ち、前日からどの学校に行くか計画を立てて、授業の合間の10分休みや15分休み・放課後に狙いを定めて、1日15校ぐらいに飛び込んでいた。

職員室の引き戸を開けると、教頭先生と目が合う。その一瞬で、教頭先生のその時の状況を判断する。

忙しいのか。あるいは、少しの間ぐらいはこちらと話をしてもらえそうなのか。

ある日はニコニコと対応してくれた先生が、ある日はそっけない態度の時がある。会議などが立て込んでいて忙しいのだろう。

一人の人間でも、その時々の状況によって、感情や態度が違うことを、職員室でぼくは学んだ。

ほんの一瞬の間だけ、相手を観察して読み取ることをするようになった。

声のトーン、表情、目線、身振り手振り。それらを感じて、その人の状況を把握する。

昨日、大阪市東淀川区にある肴小料理屋『侑歩(ゆうほ)』を一人で営む、みっちゃん女将こと小石美知子さん(46)を撮影した。

去年の9月に撮影して以来、5か月ぶり2回目。

最初に出会った時とは違うみっちゃんをカメラの中に収めることができた。撮影していて、みっちゃんの声のトーンや表情に変化を感じた。

それをどう編集して、伝えることが出来るか。

今日からみっちゃんのドキュメンタリー制作を始める。一日目。