ぼくにとってドキュメンタリーを撮る行為、というのは

ちょっと見てもらいたいんですけど(笑)

昨年の7月から密着してドキュメンタリーを作り始めて早7ヶ月。気がつけば、11人・合計15本の動画をYouTubeに公開してきました。

それらの一覧を特設ページにして作っているのですが、そのページが美しくて気に入っているんです。それをちょっと見てもらいたい(笑)

橋爪大輔のドキュメンタリー作品

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最新作はみっちゃん女将の『お店にお客さんが来ない

ドキュメンタリー作り、楽しいです。

例えば、合唱団の活動をしようと思ったら、まず人数が必要だし、練習場所や演奏する場所が必要だし、練習日や演奏会が必要。

いや、それはそれでとっても楽しいですよ。

でも、他者との関わりの中で変化する項目、というのが非常に多い。

合唱団のメンバーが一人いなかったり、練習場所が変わったりするごとに、その日の練習はマイナーチェンジを繰り返します。

現実世界(人・場所・社会)と芸術世界(楽譜・音・舞台)のバランスをとりながら、活動にコミットします。

それに比べると、ドキュメンタリーは作曲家のような要素が強い。

状況がどんな状態であれ(人がいまいが、天候が悪かろうが、状況が深刻だろうが)、その現実をカメラ越しに観察して、その状況に感情移入しようが、あるいは超然とデタッチメントしようが、どちらでもよく、自由に状況を行き来することが出来ます。

つまり、たとえそこが現実であったとしても、カメラを通すことによって、自分の中では虚構・物語の世界に映ります。だから、現実で何が起ころうとも問題ない。むしろ、問題こそがドラマになる。

このように合唱の指揮もドキュメンタリーも表現行為、つまり、自分の内なる欲求を表に現すことでお客さんの心を動かす活動ですが、そこに関わる態度は大きく異なります。

一方で、編集作業は登場人物の感情にどこまでもコミットします。

新作でいうと、みっちゃん女将。そして、その対極の役割を担うニシカワヒサコさん。

この二人の強い想いが交差する場面が14:16〜以降から始まっていて、そこが今回のとっても好きなワンシーンになりました。

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だから、ぼくにとってドキュメンタリーを撮る行為、というのは結果的に相手を愛することなんだと思います。ちょっと長くなったので、今日はここまで。

あ、そうそう。最初の話に戻りますが、7ヶ月で11人15本を作りました。今後、予定が入っているのは、

  1. しなやん 札幌編
  2. ちえさん 滋賀
  3. ダンサー・さんぽこ 東京
  4. ゆっきー 滋賀

と、4人続き、3月が終わる頃には14人19本になります。この4名を通り抜けた後、自分の物語を紡ぐ力がどうなっているか、未知数すぎて楽しみです。