自らの剣を持ち 、あなたの真実の中に生きよ

なぜ、自分は今、東京にいて、イベントを開催したり、出張ボイストレーニングをしたりしているのだろうか?と考える。

理由の大きな一つは、シンプルに楽しいからだ。

二日間で合計90名を超えるイベントを、個人の力で開催することが出来た。チャレンジして、やってみたら出来た。

もちろん、自分一人で出来たわけではなく、お店、出演者、参加者、支えてくれている家族がいるから出来ているわけだけども。

今まで32年間+2日生きてきて、こんな体験はしたことがない。生まれて初めての挑戦であり、生まれて初めての経験だった。

初めてのことをするのが好きなのだと思う。常に新しい何かに向かうことが好きだ。

乗ったことがない電車に乗って、行ったことがない地に訪れるときはワクワクする。

こんな性格だから、妻には色々と心配させたし、今も不安はあるだろう。

だから、自分のしたことがキチンとお金に変換されて、それを妻に手渡せることは誇らしい。

おかげさまで、この数か月は経済的な循環も起こり、幸せを感じた。

循環とは一回りして元にかえり、それを繰り替えすこと。

お金も、人との交流も、循環するから喜びを感じる。

ディナー会を終えた日、ホテルに戻り、ベッドに横たえながらTwitterを見ていて、とても幸せな気持ちになった。

ぼくの自己表現WSに参加してくれた方の、新たな一歩を踏み出している姿を垣間見たからだ。

今まで絶対にしなかったであろう御方が、動画配信をしていらっしゃった。

ぼくの「動画配信したらどうですか?」という提案に応えて下さっていたのだ。

なんて幸せなのだろう、と思った。

こちらが出した合図を相手が受け取り、その人は外に向かってエネルギーを出す。それを見て、ぼくは再び元気を受け取り、明日への活力にする。

流れるように受け取り、流れるように差し出す。

指揮をする時に、もっとも大切な仕事の一つは、そこにスタートを生み出すことだ。

止まっているものに合図を与えて、動きを促す。

流れ始めたら、あとはその流れに乗り、分岐点の手前で新たな合図を送り、また新たな流れに乗る。

だから、流れ出したら楽なのだ。

流れを作り始めるところに、全神経を集中させる。

優しく動き始める音楽もある。静かに始まる音楽もある。

情熱的に始まる音楽もある。怒りや苦悩から始まる音楽もある。

ただ、その感情を表現した後は、次のメロディが待っているし、次のハーモニーがあり、次のリズムに向かっている。

その表現は次の表現へと向かっている。

出来れば穏やかに過ごしたいとは思うし、基本的に穏やかに過ごしている。

そんな自分に「怒り」や「情熱」が起きた時というのは「楽譜がその表現を求めている」と捉えることにしている。

その場にその「エネルギー」が必要だったから、ぼくは迷わずに「静けさ」を出すし「悲しみ」を出す。

ダンスのように、絵画のように。

自分自身という表現媒体を使って、間違うことへの恐れを手放して、ぼくはこれからも、その場を感じ、その場をより「流そう」と思って、

本音を出すだろう。