不自然だなと思う瞬間を大切に

おはようございます。今朝は5:50に起きました。

今日は息子が保育園の遠足なので、この後、お弁当を作ります。

そして、午前中は妻の妊婦健診の付き添いなので、いつもに比べるとバタバタとした朝です。

でも、いつもどおり、朝起きたらまずはこうやってブログを書いています。

ブログを毎日書こう!

・・・と思っても、中々続けられないのは「忙しくて書く時間がない」という理由があるかと思います。

しかし、こうやって朝起きてからすぐ書き始めたら、必ず書けます。後は、朝早く起きるだけです。

でも、気合と根性で起きる!

・・・というよりかは、自然とスーッと起きて「よし、書こう」という気持ちになることが重要かと。

ぼくはこのライフスタイルになってから目覚まし時計のアラームをかけることがなくなりました。

目が覚めたら、スッと起きて、シャシャシャと歯を磨いて、お手洗いに行き、炭酸水を一口飲んで、ブログをパソコンで書き始める。これがルーティンです。

そのようにして、これまでに1050記事を積み重ねてきました。

劇団で働いていた2009~2013年頃は、起きるのが苦痛でした。

劇を見た方からは「良いね、楽しそうで」という声をもらっていましたが、ぼくとしては「まさか!そんな、全然」という気持ちでした。これが意外に。

やってることは楽しいかもしれませんが、上から言われたことを守って、その通りにやらなければ行けなかったので、自分としては合っていなかったんだと思います。

もちろん、言われたアドバイスをすんなりと受け入れられる先輩もいます。少なからず。

しかし、ぼくにとって大抵の目上の人は「アドバイスすることを上から言われて、それで立場上アドバイスしてるやん」と見えたり、

あるいは「命令してくる先輩自身がしんどそうやん」と見えたり、

あるいは「いやいや、それについては自分の考えは面白いと思うで」という気持ちがあったりで、まあ、だいたいは反抗していましたね。

色々やってきて、色々苦い思いをしてきて気づきました。

指示されたことをやる。

これ、ぼくは苦手なんです。

自分で発案してやる。

こっちが得意で好きなんです。

個人事業主として、自分が自分のトップでやるのが、自分にとっても関わる人にとっても幸せなのだと。

ぼくは人の下に入って媚びへつらうと、パフォーマンスが下がる。能力が下がったら、それは自分にとっても相手にとっても不幸ですよね。

だからこそ、自分も個人、そして相手も個人として、パートナーとして関わりあうことが重要だと。

村上春樹さんの言葉を引用します。

考えてみれば、僕らは生きていく過程であまりに多くのものごとを抱え込んでしまっているようです。

それでは、何がどうしても必要で、何がそれほど必要でないか、あるいは、まったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか?

これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」というのがひとつの基準になるだろうと思います。

もしあなたが何か自分にとって重要だと思える行為に従事していて、もしそこに自然発生的な楽しさや喜びを見出すことができなければ、それをやりながら胸がわくわくしてこなければ、そこには何か間違ったもの、不調和なものがあるということになりそうです。

そういうときはもう一度最初に戻って、楽しさを邪魔している余分な部品、不自然な要素を片端から放り出していかなくてはなりません。

『職業としての小説家』

不自然だなと思う瞬間を大切に。小さな違和感を捨てないで。

さ、お弁当作ろう。