地に足をつけることを忘れるな!

おはようございます。今朝は4時に起きました。

2009年から2013年までの4年間、ぼくは大阪市生野区にある老舗の職業劇団に勤めていました。

大道具を2トントラックに積み込んで、小学校に行き、引っ越し屋さんのように体育館に荷物を搬入して、舞台袖にある梯子に昇り、天井裏を這いつくばって、身体中、埃まみれになりながらロープを垂らし、時には30度を超える猛暑の中、汗だくになって踊り、歌い、演じる。

服も頭も埃まみれになるので、いつしか髪の毛にワックスをつけることもしなくなる、そんな20代を過ごしていました。

劇団に勤めていた当時の写真

公演を終えた後、子供達を見送る役割をする役者がいました。

だいたい主役クラスの役者が一人か二人、体育館の出口に立ち、退場する子供達から少し離れて手を振っていました。

ぼくは退社する最後まで、その役割を与えられなかった記憶があります。

なぜ与えられなかったか?

今は何となくわかります。それは「勘違いするから」です。子供達にワーワーキャーキャー言われると、次第に自分は「凄い人間だ」という自惚れを起こしてしまう。

先輩が「橋爪にはまだ早い」と判断してくれていたのでしょう。

もちろん「自分は凄い人間なんだ」と思うことは絶対的に大切だと思います。その自己肯定感の土台が無いと、何も積み上がっていかない。

でも、チヤホヤされるにしたがって、次第に「地に足をつける」ことを忘れた人間は、易経で言う【亢龍】(こうりゅう)のように、高ぶり、次第に降り龍となります。

ぼくはそもそも【陽】の気質が強い人間です。

すぐ調子に乗るし、面倒なことはしたくない。大抵のことはすぐに飽きるし、人の話も聞かないことが多い。

そんな人間だからこそ【陰】を常に抱えていることが重要です。

陰とは地味で退屈でなかなか結果が出ないものです。

陰とは日常。

そういう意味では、ぼくにとって愛する妻や子供達は陰。子育ては特に日常です。子供は泣くし部屋は汚す。おしっこは漏らすし仕事の邪魔をする。

でも、子供達がいてくれているおかげで、ぼくという揺れが大きい人間でも、芯のある大人として生きることが出来ている。地域活動も陰ですね。

陰とは他人の話を聞くこと。

妻が批判的な眼でぼくを見て、耳の痛い話をしてくれるからこそ、ぼくは我を忘れずに振舞うことが出来る。

陰とは積み重ねていくこと。

ブログは3年前から書き続けて、今朝で1237記事目になりました。Twitterで毎晩22時に発信しているライブ配信は、昨夜で98回目になりました。

ピアノの練習も7日前から続けています。1時間かけて練習しても殆ど上達しない。それを今、繰り返しています。

小学校の体育館で、一段高いステージに立つ。

エンディングのダンスが終わり、拍手喝さいの中、舞台袖にハケる。階段を降りて、体育館のフロアに戻る。

その舞台裏は驚くほど静かでした。

先輩の方々はニコリとも笑わない。メイクを落とし、衣装を着替えて、淡々と後片付けをし始めます。

そんな20代を過ごせたことが、今ではぼくの財産だと感じています。

これからもますます飛躍して行きます。

更に多くの方々と関わるようになり、大きなフィールドで活躍するようになる…はず(笑)

その時、天井裏で埃まみれになっていた【陰】と共に居続けられる自分で在ることが出来るよう、これからも日常を積み重ねていきます。