見えていない点がよく分かった

ぼくは、その時「ふとやりたい」思ったことを、深く考えずに行動してきた。

今回の1月25日の舞台公演もそうで、最初は去年の7月頃に「舞台をやってみたい」とツイートしたことがきっかけだ。

舞台作品の制作・演出・出演

それで【朗読】と【演劇】をやろう、と決めて、個人で劇場を初めて予約した。

【過去記事】橋爪大輔、個人で劇場を借りる

具体的に何をやるか等、殆ど何も決まっていません(笑)とにかく「やろう!」と決めて、劇場をレンタルしました。これぞ、いきあたりばったり(笑)

でも、前々から「舞台を作りたい」とは思っていたので、この自分の内側から出てきた「やりたい!」が、どこまで形として現実化して行くのか?

その実験ともいえる挑戦の過程をぜひ一緒に楽しんでもらえたら、と思います

2019.07月 当時の文章

結果、自分の想像を遥かに超えてくるプロジェクトになった。

今回のプロジェクトに取り組む中で、色々なことが勉強になった。

まず、自分が見えていなかった点が何か?がわかった。

物事が動き出す【初動】は「ごっこあそび」で良いと思う。むしろ「遊び」が最も集中力が出るし、何より楽しい。

創造の根源は遊びから生まれると思う。

でも、ずっと「ごっこ遊び」をしていると、周りは疲弊してくる。なぜなら日本は資本主義のシステムだから。

日常で生活するには「お金」が必要になってくる。

でも、お金って何と言うか、そんなに悪いものじゃなくて、逆にそんなに「偉い」「敬う」ものでもなくて。

「豊かさ」の形の一つであり、人と人との間を通り抜けて行く、感謝のコミュニケーションツールなのだろうな、と。

お金を稼ぐ。

支払ってくれた人に感謝する。そして、集まったお金を舞台で関わってくれる「出演者・関係者」の方々に支払う。

関わってくれてありがとう。

今回、自分一人ではこんな舞台は絶対に創れなかったし、一匹狼ならぬ、一匹龍神?のぼくに、多くの方々が関わってくれている。

しかも、それぞれがそれぞれで、自分のポジションで自由に好きに動いてくれている。

こんな嬉しいことはない。

お金は動けば動くほど「感謝」する機会が増える。だから、自分の手元に来たお金は、どんどん周囲に流していく。

「この人に感謝をしたい」という人にパスする。それがお金なのだろうな、と。

今回のプロジェクトは「ごっこ遊び」から始めたけど、次回は最初から「制作担当」を作る。

そして、舞台公演を打つにあたって、どれだけの費用がかかり、どれだけの出演者・関係者と関り、報酬はいくらにするのか?

本番に向かうまでの日程はどう組むのか。それらをまずは最初に決める。

これをぼくは学んだ。

まだ一回目が終わってないけど、既に二回目やるのが楽しみなんです。

「ごっこ遊び」で始めの一歩を踏み出したからこそ、見えてきた景色。

そして、見えてきた二つ目の壁は「演出と出演」。

演劇の演出をする、というのは初めての経験だけど、演出は結構出来る。

合唱の指揮者として全体を俯瞰している、という作業はずっとやってきたし、動画編集で全体を構成する、という作業もここ数年やってきた。

だから、演出そのものは楽しい。

でも、そこに「演出+出演」をすると、一気にハードルが高くなることが、今回わかった。

出演って、要するに自分の「技術」が全ての世界。

演出は、自分がそのパフォーマンスをすることが出来なかったとしても、好きなことを好きなように色々と言える。

一方で、出演は、自分が何が出来て何が出来ないかが、ありありとわかってくる恐怖。

出演する、って本当に大変なことだな。シンプルに努力が必要な世界。

ぼくは特に自分に甘いところがあるので、大体いつも60点ぐらいのパフォーマンスで満足してしまう。

それを今回、いかに点数を引き上げることが出来るか。

周りからどれだけ「良かった」と言われても「こんなもんじゃなかった」と一番気づいているのは自分自身。

だから、あと4日間、やれるだけの練習をしようと決めている。

今日は演劇の通し(40分)の自主練を朝・昼・夕の三回やる。そして、明後日は朗読と演劇の最終練習。

23,24は次男が入院するけど、時間を見つけて最低一回は通しをやる。

最後までやり切って見せたい。口だけにならないように、ちゃんとやる。

才能じゃなくて努力。