昨日、岐阜まで日帰りで行ってきた。

現在、学び直しをしているマーケティング塾(エクスマ)の同期のゼン(山崎善弘さん)のお仕事を「応援したいなー!」と直感的に思ったのがきっかけ。

そういうことを数年前(2017年頃)はよくしていた。

別に仕事でもないのに、自分で交通費を出して、札幌に行ったり名古屋に行ったり滋賀に行ったり東京に行ったりして、無料で動画の撮影&編集をしていた。

ドキュメンタリーを作るのが純粋に楽しかった。

作れば作るほど、編集のスキルやセンスがどんどん上がっている実感があった。一本作るごとにレベルアップの音が聞こえた。

そして、繋がりのある人の物語を表現する、って楽しいなあ、と思った。

誰も観てくれなかったとしても、撮影した被写体の本人だけは必ず観てくれる。そして、多くの場合、喜んでくれる。これは自分の発信が相手に確かに「届いている」という実感があった。

そんなことをしていたものだから、当時は月収が5000円という月もあり、妻は大変な思いをしていただろう。そんな妻も、昨日は快く送り出してくれて、ありがたいなあ、と思った。

自分でも不思議だった。

大阪から岐阜に行って帰るだけでも交通費だけで15000円ぐらいする。なぜ自腹を切って、仕事でもないのにそんな行動をするのか?

でも、先ほど、編集を終えてよくわかった。これは今の自分にとって必要な「実習」だったのだと。

昨夜、深夜過ぎまでパソコンに向かって編集をしていて、初心に戻ったような気がした。本当に久しぶりにフルでテロップを挿入した。

テロップってむちゃくちゃめんどくさい。一言聞いたら一時停止して文字を打って、また一言聞いたら一時停止して文字を打つ。

修行以外の何物でもない。でも、テロップを打つ作業をすると、相手に親しみが湧くし、知らなかった単語を調べる機会にもなる。

そんな感じで一本一本、動画を丁寧に作る。これがウケるのか?バズるのか?なんて気にしない。一本入魂。

動画の中でゼンも話しているけど、数字を見て、伸びているものを伸ばして、数字の取れないものは切り捨てる。それは確かに必要な判断だろう。

でも、そこに意識が行き過ぎると、本当に自分がやりたかったことを忘れてしまう時がある。最初に掲げた志を、数字の判断によって切り捨てていないか?

ぼくは数字を見るのを辞めた。

別に何再生だって良いじゃないか。一人でも喜んでくれる人がいたなら、一人でも涙を流してくれる人がいたのなら、それはもう大成功だ。それを一人一人、一本一本、積み重ねていく。

動画を創る。ここに自分の打ち込む対象があったことを思い出した。すでに環境は揃っている。スペックの高いパソコンも、撮影機材も、快適な事務所も、コロナの期間に全て揃えた。

事務所から動画を一本一本生み出していける。

そんなことを編集しながら感じることができた。そういう意味で、今回は良い「研修」だったと思う。

ゼン、機会を与えてくれてありがとうございました。

2021.09.12 京都に向かう阪急電車にて