おはようございます!

二泊三日の相模大野の出張を終えて、大阪の自宅に戻ってきました。長男はぼくの演奏をzoomでかぶりつきで見ていたそうで、聴き終わると「寂しい、早く会いたい」と言っていたようです。

今日は日曜日なので、家族で過ごそうと思います。

さて、本番から一日経ってもTwitterを中心に、感想のツイートが沢山あがっています。昨日は見つけるたびに嬉しくてリツイートしていました。

NIJI ROCK! FESTIVAL は、本当に素敵なプラットフォームになったな、という実感があります。

2021年から始まった風の時代に相応しいイベントではないでしょうか。

これまでの時代は「ピラミッド型」で縦のつながりが強く、誰か一人のトップがリーダーでその場をコントロールする環境が多かった。

でも、これからは調和する「サークル型」で横に対等につながり、一人一人がリーダーシップを発揮して主体的に動く。

自分は何を「やるべきだろう」とか「この場でどう振る舞えば正解だろう」という役割から動くのではなく、

「あーこれやってみたい!」「楽しい」という子供のような純粋無垢な気持ちで無邪気に遊ぶ。

そんな可能性に満ちたイベントは、一体どこまで進化するのだろうか?

このニジロックを「育てる」という取り組みをやっていきたいなあ、と思っています。

大人だけでなく、子供も過ごせるような環境を作る。舞台で発表する機会があったり、ロビーには子供が落ち着いて過ごせる場所があると良いかもしれません。

出演者の顔ぶれは「突き抜けた」経験豊富なアーティストによる会場を沸かしたり癒したりするパフォーマンスもあれば、これから「突き抜けたい」と思っている若手も気軽に舞台に立てるようにする。

観客は「育てる」「応援する」「見守る」という眼差しで若手と関わります。

なぜならぼく自身がそうやって皆に見守られて、応援されて、ここまで歌う活動を続けて来られたからです。

一年間、継続できたのは暖かな応援や拍手があったらからこそです。

普通の一般的なフェスはテクニックのあるアーティストがクオリティの高い演奏を届けてくれます。それはそれで素晴らしい。

でも、もしもそこに行き詰まりを感じているとしたら(お客さんが思うように集まっていないとしたら)、それは「関わる隙間が少ない」ことが原因の一つではないでしょうか。

確かに凄いし上手いけど、演奏が終わるとアーティストは何処かへ消えてしまう。普通に人間同士で関わって喋ることもなければ交流することもない。

これぞ土の時代、という感じがします。

一方で、もしも稚拙だったり技術不足だったとしても、それは見方を変えれば「応援できる隙間がある」というになります。

隙間があると、関わりがいがあるし、自分はここにいてこの人を応援しても良いのだ、という存在意義も感じられる。

・・・そんなことを昨日は考えていました。

とにかく、実感としてニジロックはとっても価値のあるエンタメとして誕生したので、この新しく生まれた「種」を皆の力で育てていきたいなーと思ってます。

また一緒に遊べたら嬉しい。次回は2022年8月頃の土曜日を考えています。今日、相模大野のホールに問い合わせします。