「望まないことはつまらない日常」

ぼくがそう言うと「それは大ちゃん自身が自分で作った状況でしょう?」という言葉が返ってきて、はっと気が付いた。そうか、そもそも今、自分は現状がつまらないと感じているのか。

ぼくとしては、理想の状況を築けたと思っていた。

自宅の一部分を事務所にして、そこで普段は働いている。通勤する手間もかからないし、長男が小学校から帰ってきたら、いつも「おかえり」を言うことが出来る。

子供の頃、ぼくの父親は仕事から帰ってくるのが毎晩23時とかだったので、殆どお父さんが家に居た記憶がない。

だから、今、子供に「いってらっしゃい&おかえり」が言えたり、宿題を見てあげたり、一緒に夜ご飯を食べる環境を嬉しく思っている。

事務所で働くといっても、そのほとんどはオンライン。zoomを使ってミーティングや講座をしたり、朝と夜はYouTubeでライブ配信をしている。

リアルで誰とも会わなくても、何の問題もなく仕事が出来ている。隔離されたとしても、いつもと変わらずに仕事が出来る。

講座はだいたい13時から始まり15時ぐらいに終わる。

授業が終わると、パソコンの電源を落とし、スニーカーを履いて散歩に行く。少し歩くと近所に四天王寺があるので、最近は四天王寺の弁財天さんと本殿に参拝。

その後、スーパーに寄って夕食に使う食材を買い、家に戻ると料理をする。それがルーチンになっている。

どこからどう見ても理想の環境。そういう働き方をしよう、と去年の年末頃に望み、そこから一か月ぐらいかけて、その状況になるように計画&準備を進めて、そして見事にその現実を引き寄せた。

だけども、今、感じている感覚は「つまらない」。

授業も楽しい、散歩することも楽しい、一日を自分の気分で自由に過ごせることも楽しい。

じゃあ、何が物足りないか、というと、今、感じているのは「創造」がないからだと。

クリエイターとして作品を生み出したい。そんな願望が今、湧いてきている。

ぼくは「編集」したり「演出」するのは好きだし、得意だと感じているのだけれど「脚本」を書いたり「作曲」をしたり。

そういう0⇒1を殆どやっていない。だから、この文章も今朝からちょっと小説っぽいスタイルに変更している。これも「創造」の第一歩だ。

村上春樹のように自宅で文章を生み出したい。小林賢太郎のように(引退したけど)、作品を創って劇場で公演をしたい。

自宅の事務所のデスクワークで0⇒1の知的創造を行い、そして、出来上がった作品を今度は物的創造、つまり、演出して出演して、全国で公演をして、皆に共有したい。

自宅で創造⇒出来上がったら全国で公演

このサイクルが自分の人生に生まれたら、それはもうなんて楽しい人生なのだろう、と思う。

そんなことをこの数日で考えている。