ぼくがドキュメンタリーを作り始めたのは5年ぐらい前。

SNSを勉強して、そこで「誰か一人に向けて発信しよう」と思うようになった。

それで、自分の近くにいる人の取り組みを撮影&編集して、YouTubeで公開し始めた。最初はスマホで撮影して、スマホのアプリで編集した。映像制作は誰にも教わっていない。

家族も両親も「この人は一円のお金にもならないのに、一体、何をやっているのだろう?」と唖然としていたと思う。お金にならないどころか、交通費や何らやらでむしろお金はかかった。

ただただ、ドキュメンタリーを作るのが純粋に楽しかった。一本作るたびに、レベルアップする音が聞こえた。

しかも、その出来上がった動画は必ず一人には届く。被写体として写っている相手だ。その人は喜んでくれるはず。これを積み重ねていけば良いだけだ、と呑気に考えていた。

そんな感じで、2016〜2017年の2年間で、確か20人ぐらいのドキュメンタリー映像を作ったと思う。

その後「企業の紹介動画を作ってほしい」という依頼がきて、6社ぐらいのドキュメンタリーを制作した。

それがぼくのドキュメンタリー作家としてのささやかなキャリアだ。

2020年から「歌う」流れがやってきた。

だから、カメラを構えて映像を創る、という取り組みからすっかり離れていたのだけど、先日、横浜に行って久しぶりにSONYのハンディカムを回した。

あこちゃん、というアーティストが人生で初めてレコーディングに挑戦する。

最初、その日は橋爪塾の授業が入っていたので「あこちゃん、頑張れー」という感じだったのだけど、何がきっかけだったか・・・「ドキュメンタリー作りたいな」と思った。

もちろん自費だし、何なら、ぼくはあこちゃんに応援のお金も払っている。「この人は一体何をやっているんだろう」の再来だ。

それでも、自分がやりたいなーと思ったんだから、実現に向けて動いてみる。塾生に授業の日程変更が出来ないか相談したら、快く許してもらえた。ありがたい。

ぼくは撮影するにあたって、何のプランも考えない。その現場に行って、興味深く感じた瞬間を細切れに撮影していく。

その日はスタジオに向かうと、桜?梅?の花が咲いていたので、そのカットから撮ることにした。

後は、自我を捨てて、ただただ流れに身を委ねる。すると、手元に2時間程度の映像素材が集まった。

それを大阪の自宅に帰り、パソコンで編集していく。

2時間の映像素材がある、ということは最低でも編集に2時間はかかるということだ。いや、もっとかかるんだけど。

だから、編集していても、途中で飽きてしまうこともある。そういう動画はつまらない。お蔵入りすることもある。

でも、今回のあこちゃんはずっと集中し続けることが出来た。それは素材に「嘘がない」からだ。

そして、様々なテーマが混ざり合っている。友情、挑戦、応援、揺らぎ、成長、笑い。見返しているだけでぼく自身が面白かったし、編集しながら涙も出てきた。

今回、横浜まで行って本当に良かったと思う。ドキュメンタリー作品はぼくの表現手段の一つだ、と再確認出来た。

こうやって文章を書いたり、歌を歌ったり、そして、映像作品を創ったり、色々な媒体から表現をしていきたい。

世界は優しい。挑戦しよう。そんなメッセージをいつもいつも伝えていきたい。