橋爪事務所を手放しました

大阪市生野区に初めて訪れたのは今から14年前、2009年の冬でした。

ハローワークで「劇団員募集」を見つけて、面接に向かったのが、当時、田島にあった劇団如月舎。

千日前線北巽駅を降りて、工場のオイルの匂いが立ち込める一体の中に、如月舎はあり、そこで汗やホコリや、先輩からの罵声にまみれながら勤めたことが、ぼくの生野区との出会いでした。

4年間、働いた後、2013年に退社して独立。

2014年頃に生野区役所が開催するまちづくりのワークショップにフラッと参加したことがきっかけで、地域の方々と繋がり、まちづくりの活動を始めたり、区役所のまちづくりセンターで働いたりもしました。

仕事を辞めて、何者でもなかったぼくを面白がってくれた方がいて、そこから色々なご縁を頂きました。今なお感謝しています。

その地域活動の流れ(空き家活用)で2017年5月に生まれたのが、自宅兼橋爪事務所です。

それから6年が経ち、2023年5月2日の今日、その今まで住んでいた自宅を地主さんにお返ししました(売買)。

もちろん、ただただ事務所が無くなった、というだけで、今している活動(例えば元石清水八幡宮の御神田プロジェクトや整体の体験会やにじのマルシェなど)は引き続き、しっかりとやっていきます。

橋爪事務所を運営する中で、様々な方々とのご縁も出来たので、寂しくない、といえば嘘になります。

売るのを決めたあとに、お世話になった方々に報告すると「貸す方法もあるのにもったいない」と言われたりもしました。

でも、それ以上に、今まで所有していたもの(ものは少ないほうだと思っていたけど、纏めたら驚くほど多かった)を、このリ・スタートのタイミングで、一度、全て手放すことが出来た。

これから新たな人生に向かって進むにあたり、大きな一歩となる手放しだったと感じています。持ち物はスーツケースとギターケースのみ。無一文&身一つ。

この軽くなったエネルギーで、また一つずつ、自分の力を信じて、色々なことを形にしていきます。

生野区で出会った全てのご縁に感謝しています。これからもぼくらしく頑張ります。

ありがとうございました!

投稿者:

橋爪大輔

1985年生まれ