【105】 妻に従おう

今日はアドバイスを受け入れる力について書きます。生徒さんを見ていると、学ぶときにこの力が大切だな、と思うからです。

コメントに感謝

昨日の記事は、おかげさまで嬉しいコメントを沢山頂きました。本当にありがたいことです。

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励みになるコメント、感謝します。

さて、そんな昨日の記事は、熱〜い想いを持って書きました。場所はいつものカフェ tea time さん。かなり集中して文字を打ちました。

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気がつくと満席になっていた。それぐらい集中した。

それで、その熱々の文章をいつものように妻にチェックしてもらいました。ぼくとしては「どうだ!熱いだろ」と鼻息ムンムン状態です。そんな記事に対して、妻は一言。

読みにくい

ガビーン。

でも、そう言われると、確かに無駄な形容詞が多い。本筋から離れていくような文もある。何が伝えたいかキーワードにぶれがある。熱いのはわかるけど、伝わりにくい文章になっていました。

そこで、書き上げた内容の35%ぐらいをカットしました。単語の配置を変えて、キーワードを統一させた。そして、妻に見せると一言。

まあよい

わーい(・∀・)

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チェックする妻。いつもありがとう。

全面的に信じよう

何かを表現するとき、その主張の中に自分の主観や想いが過剰に混ざりこんでいることがあります。そんな時は、信頼できる人に指導してもらうことが一番です。その際、その人の言うことを、一旦全部受け入れること。

トレーニングの現場でも、せっかく訓練しにきているのに、いざ、「成長の機会!」の時に、これまでの自分のやり方に戻ってしまう人は少なくないです。

ああ、もったいない。

自分のこれまでの考え方・やり方は脇においておいて、指導者の言うとおりにやってみることが大切です。

と書いているぼくだって、、

以前書いたこの記事も参考にしてみてください。ぼくも生徒側に回ると、自分のやり方に固執しようとしていますよね(笑)

It’s up to you!

【104】 大丈夫、きっとうまくいく

昔を思い出せない位の変化です。
手放すという凄さを実感しています。

昨日、こころのトレーニング(略してここトレ)2期生の4回目が開催されました。今日は、ここトレの生徒さんに向けて、フォローとなる記事を書きます。

※ この記事は、妻から何度もアドバイスを受けて完成しました。あなたの一歩を踏み出す力になれば、こんな嬉しいことはないです。

固く握りしめていること

人は誰でも、強く・固く握りしめているものがあります。

「認めて欲しい人に認められなかった」
「自分の欠点をバカにされて傷ついた」
「愛して欲しい人に愛されなかった」

握りしめた劣等感を再び味わうのは誰でも辛い。だから、再びそういう状況に陥らないように、自分で対処します。

ある人はグッと我慢して耐える。ある人はその場から去る。ある人は感情を爆発させる。

そしてその後、こうやって解決します。

「やっぱり認められなかった」
「やっぱりバカにされた」
「やっぱり愛されなかった」

その「やっぱり〜なかった」こそが、固く強く閉ざしているものです。

そして、その固く握りしめていることを、仲間と一緒に、安心安全な場で、緩めていこう、手放していこう、としているのが、ここトレです。

もちろん、一人ひとりが抱えてきたものは、根が深い。そう簡単に手放せるものではないかもしれない。

でも、それすらも、はっきりいって、「勝手に思い込んでいる」と疑ってみて欲しい。

セルフイメージを手放す

自分が今まで握りしめていたセルフイメージを手放せば、自然と、現実は変わります。

例えば、ぼくは新しくnoteというサービスで、自分の文章を有料で販売しました。

自分の文章は無料だと自分で決めつけていたけど、その思い込みを手放した。

そして、ぼくの文章は300円の価値がある、と自分自身で設定した。すると、現実に300円で購入してくださる御方が現れた。

まずは、自分のセルフイメージ → そして現実、という順番です。まずは、自分の思考 → そして結果、という順番です。

伝わっていますか?

自分が抱えているセルフイメージを手放そう。そして、そのイメージと真逆の価値観を持とう。

「どうせわたしは認められている」
「どうせわたしは優れている」
「どうせわたしは愛されている」

だって実際に、ぼくは、生徒さんを認めている。生徒さんを優れていると思っている。生徒さんのことが大好きです。

そのぼくの気持ち、あるいは、周りにいる仲間の愛を受け取るかどうかは、自分次第です。

ここトレを受けてくれた生徒さんの感想を引用します。

ここトレに行ってから、今までの私の35年来くらいの課題だった、事柄を手放しました。そうすると、その事自体がかわり、いまはもう別の素敵な事柄へと変化しています。昔を思い出せない位の変化です。いつも先生が言ってはった、手放すという凄さを実感しています。

ぼくは、生徒さんに対して、「35年ぐらいの課題」が解決出来るような、そんな場を自信を持って提供しています。

でも、その握りしめているものを、「エイ、やっ!」っと手放すのは、自分自身です。

大丈夫、きっとうまくいくから。あなたならね(*^^*)

It’s up to you.

【103】 自分を許せない方へ

昨日は合唱団の本番がありました。そこで「許す」ことについて考えたので、今日はそのテーマで書こうと思います。自分を許せない人に伝えたい記事です。

昨日、ぼくたちは『夕陽紅(シーヤンホン)の会』というコミュニティの集いで、訪問演奏をしました。会場の雰囲気はこんな感じです。

司会のMCも中国語です。自分たちの合唱団が紹介されていても、何をおっしゃっているか全くわかりません。まるで国際音楽祭に来たような感覚になりました。

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ぼくたちの演奏の様子

それで、『見上げてごらん夜の星を』をアカペラで演奏しました。その時、初体験したことがあります。ぼくたちが歌っている途中に、MCの方が歌詞の意味をマイクを使って説明されたことです。こんな感じです。

♪ 見上げてごらん〜
见仰视

♪ 夜の星を〜
明星之夜

演奏している間にMCが入る、という体験は、あまり一般的ではないです。おそらく演奏家達にとって常識的ではない。でも、ぼくは、その現場にいて、ああ、面白いな、と思いました。自分の許容範囲が拡がったように感じた。

もし、自分の中で、「演奏中にMCが入るなんてとんでもない」という価値観が支配していたとしたら、昨日の状況を楽しむことは困難だろうと思います。

コントロール出来ないものを許す

ポイントは「MCが入ってもいいし、MCが入らなくてもいい」、「〜してもいいし、〜しなくてもいい」と思えるかどうか。

「成長してもいいし成長しなくてもいい」「稼いでもいいし稼がなくてもいい」「頑張ってもいいし頑張らなくてもいい」「認められてもいいし認められなくてもいい」「上手くいってもいいし上手くいかなくてもいい」

昨日のMCは「外からの流れ」あるいは「他力」あるいは「采配」と置き換えてみる。思いがけなく、コントロールしていないものが自分のもとにやってきたことに対して、「あ、これは、自分の幅を拡げてくれるメッセージかもしれない」と受け取る。受け入れる、という感覚です。

結果的に、昨日の訪問演奏は、お客さんにすごく喜んでもらえました。ぼくたちの演奏を聴いて、後ろのほうで踊り出す人もいた。バルーン風船を手に持って振り回す人もいました。

誰もが正しい

生活していて自分の心に余裕や遊び心がないと、今、自分が大切にしている価値観の、その真逆の価値観(可能性)を遮断してしまうことがあります。もちろん、今までの自分の考えは尊いです。でも、その真逆にも正当性は存在することが多い。

だから、自分の正当性を力説して、相手を説得するのもいいけど、真逆の可能性を受け入れられると、気持ちは楽になるんじゃないか。

たとえ、自分の正当性を主張して相手に勝ったとしても、結局は徒労感が残ることが多い気がする。自分の心の隅にいつも「相手も正しい」という気持ちを持ってほしい。そして、無理に他者をねじ伏せようとしない。歌いながらMCを聴いて、考えたことはそんなことです。

夕陽紅(シーヤンホン)の会の皆様、貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。

It’s up to you!